「これは父の字じゃない!」1枚の自筆証書遺言から始まった相続争い
「この遺言書は偽物だ!兄さんが自分で書いたに違いない!」
家庭裁判所で遺言書の検認が行われた日、次男がそう言い放ち、部屋の空気が一変しました。
「長男にすべて」と書かれた遺言書
亡くなった父の相続人は、長男と次男の二人。父の机から見つかった自筆証書遺言には、「自宅と預貯金のすべてを長男に相続させる」と書かれていました。日付、氏名、押印もあり、長男は遺言書どおりに手続きが進むものと思っていました。
しかし次男は、「最近の父は手が震えていた」「こんな言葉遣いはしなかった」「遺言書を発見したのが兄なのも不自然だ」と主張します。長男は「検認を受けたのだから本物だ」と反論しましたが、これは正しくありません。
検認は「本物の証明」ではない
家庭裁判所の検認は、相続人に遺言書の存在と内容を知らせ、形状や日付、署名、訂正の状態などを確認して、その後の偽造や変造を防ぐための手続きです。遺言書が本人によって書かれたものか、有効か無効かを認定する手続きではありません。
偽造の疑いが解消されず、話し合いもまとまらなければ、最終的には訴訟で遺言の有効性を争う可能性があります。裁判では、生前の手紙や日記との筆跡比較だけでなく、印鑑の使用状況、遺言書が見つかった経緯、作成当時の健康状態や認知能力、家族関係など、さまざまな事情が検討されます。
次男も一時は、遺言書が無効であるとして訴訟を起こすことを考えました。しかし、弁護士費用や解決までにかかる時間、争いがさらに大きくなることを考え、遺言書の真偽を裁判で争うことは断念しました。
その代わり、次男は遺言書が有効であることを前提に、自分に最低限保障された相続分である「遺留分」の請求だけにとどめました。長男が遺留分に相当する金銭を支払い、残りの財産については遺言書に沿って相続手続きが進められました。
ただし、次男が遺言書を本物だと認めたわけではありません。「兄が父の財産を奪った」という疑いは消えず、兄弟はほとんど連絡を取らなくなりました。父の法要で顔を合わせても、必要な挨拶をするだけ。訴訟にはならなかったものの、二人の関係は険悪なまま残ってしまったのです。
疑念を残さないための公正証書遺言
自筆証書遺言は、費用を抑えて一人で作成できる反面、作成過程を見た人がいないため、「本当に本人が書いたのか」という疑いが生じることがあります。特に、相続人の一人へ財産が偏る内容の場合は、疑念や不満が表面化しやすくなります。
こうした争いを避けるには、公証人が本人確認と意思確認を行う公正証書遺言を検討するのが有効です。自筆証書遺言を選ぶ場合でも、法務局の保管制度を利用すれば、遺言書の紛失や保管後の改ざんを防ぐことができます。なぜその分け方にしたのかを家族へ伝えたり、付言事項として残したりすることも大切です。
遺言書をめぐる争いは、必ずしも裁判になるとは限りません。しかし、裁判にならなければ問題が解決したとも限りません。残された家族が疑わず、納得して手続きを進められる状態まで整えておくことが、本当の相続対策です。